不機嫌な花火大会の話。
わたしが住む街の、1番大きくて、有名な花火大会の少し前に、ちょっと遠くにある、小さいと有名な花火大会が開かれました。
わたしたちがそこに行くと決めたのはその日のお昼。
休憩時間が被ってLINEが弾み、今日会わへん?ほんなら花火見に行こや。と軽いノリで決まったのでした。
軽いノリのついでに、わたしは浴衣を着て行くサプライズを心に決めました。
待ち合わせは19時過ぎ。
17時に仕事が終わり、すぐに帰宅、母を捕まえて、着付けしてくれるようにお願いしました。
母はブツブツ言いながらも、きっと、わたしが着付けをお願いしてくれるのが嬉しくて、こういうときはいつも楽しそうに着付けしてくれるのでした。
予定の電車は間に合いませんでした。
わたしが髪型に手こずったから。
それでも集合時間に間に合うように家を出ました。
足が痛くなるから、駅まで原付で行こうとしていたわたしを、なんとか食い止めた母が、わざわざ車で送ってくれたのでした。
「おすまししとくのよ」
車を降りる時に、母らしい忠告。
「わかってるよ!」
子供扱いしないで欲しい、馬鹿にしないで欲しいと思いました。
でも、浴衣を忘れて大股で歩くわたしの姿を想像できた母は、やっぱりわたしの母なのでした。
乗りたかった電車は予定通り来ませんでした。
ちょっと向こうの方でトラブルがあったみたいです。
最近大きなトラブルが多かったので、電車が遅れていることには慣れていました。
でもせっかくの花火、最初から見たいので、どうか早めに来てください、と心の中で願いました。
駅のホームで、少し遅れそう。と、現状報告をLINEを送りました。
浴衣で来ていること、バレないようにしなきゃ。
平然を装いました。
せっかくの浴衣だから。
びっくりさせたいし、あわよくば可愛いって言われたい。
わたしは浮かれていました。
この辺から浴衣を着て向かう人は周りにいなかったので、とても目立っていました。
いろんな人にチラチラ見られて、JKにキャーキャー言われて、わたしは良い気になってました。
乗りたかった電車がやっと来た頃、駅のホームは人でいっぱいでした。
着いたその電車も満員御礼。
浴衣で無理矢理乗り込むことはしない方が良さそうなことは明らかでした。
せっかくの花火大会。
せっかくの浴衣。
1番きれいな状態で会いたかった、それだけです。
電車を見送りました。
次の新快速電車がなかなか来ません。
もうすぐ花火が始まっちゃう。
普通電車が駅に着くたびに不安でいっぱいになりました。
一か八かこれに乗ってみようか、遅れてても新快速の方が早いだろうか、考えましたが冷静になって、乗り込みたくなる焦燥を押さえ込みました。
次の新快速は20分遅れて来ました。
乗ってる間に花火は始まり、車内で1人目立つわたし。
この時間から向かったって間に合うわけない電車に、浮かれぽんちわたしが乗っていました。
さっき浴衣が崩れたとしても無理矢理乗り込んでいれば、もっと早く髪型を決めていれば、そもそも浴衣なんて着なければ、良かったのに。
こう考えてしまう時点で、着付けてくれた母に申し訳ない気持ちになりました。
花火が始まって30分後、集合時間に到着しました。
彼はずっとわたしを待っていました。
疲れた顔のわたしを見て、少し笑いました。
「いいもん着てるやん」
「まあね」
「ほないこか」
会話はそれだけ、2人で黙って歩きました。
待たせてごめん、花火始まっちゃっててごめん、言うべきことは言葉には出せないのでした。
花火の途中でしたが、早めに切り上げて駅に向かう人がちらほらいました。
すれ違う度に、この時間に浴衣着て向かってる自分が恥ずかしくなりました。
鼻緒が擦れて、指の間がヒリヒリしていました。
もしかすると血が出ているかもしれない。
裾を乱さないように小幅で頑張って歩きました。
歩いているうちに暑くなってきて、お腹に巻き付けられた厳重な帯が嫌になりました。
きっと汗で化粧もボロボロ。
いつも通りに歩く彼に、遅れていくわたし。
気づかない彼に、気づかないことがむかつくわたし。
手ぐらい繋げ、合わせて歩け、なんか喋れ。
遠くで鳴り響く花火の音がこの状況を嘲笑うかのように聞こえ癪に障りました。
黙って歩いて、黙って15分だけ小さい花火を見て、フィナーレだと分かりにくいその花火大会が無事終わりました。
人の波に乗って、また黙って帰り道を歩きました。
お腹すいてる?どこか行く?まっすぐ帰る?
彼の問いかけ全てに、どっちでもいい、と冷たく言い放ってやりました。
彼が黙って差し伸ばした手を見えていないフリをしてやりました。
人の波に流されて、行きよりも早く駅に着きました。
電車の席に座れて、まずわたしは草履を脱ぎました。
窓側の席、彼の方を見ないように、彼の顔を見ないように、窓の外をじっと見つめるフリして、夜の窓に映る彼を見ていました。
きっとこんなわたしをちょっとでも嫌になったに違いない。
わがままで、怒りっぽくて、めんどくさい、こんな女、どんな格好してても、最悪だ。
感情はもうコントロールできません。
今度は悲しくなって落ち込みました。
バレないように静かに泣きました。
なんでこうなっちゃったんだろう。
窓に映るわたしはいつより不細工で疲れきっていました。
彼は突然わたしの手を握りました。
びっくりしてわたしは彼の方を見てしまいました。
「やっぱり泣いてるやん」
「泣いてないし」
「なんで嘘つくの」
「嘘じゃないし」
「疲れたんやろ」
「疲れてないし」
「目がパンダやで」
「!!」
あははと大きな声で笑った彼が車内の注目を集めました。
わたしは素直になれました。
「今日ごめん」
「なにが?」
「花火あんまり見れなくて」
「それはいいけど」
「いっぱい待たせて」
「それもいいけど」
「わたしが不機嫌で」
「それやな。」
彼はニヤニヤしていました。
わたしは上手くいかなかった今日が悔しくて、ボロボロ泣きました。
どうして彼が怒ってこないのかとても不思議でした。
その後彼は、彼の最寄りの駅を通り過ぎて、わたしの家の近くのマクドナルドまで来てくれて、不健康な夜ご飯を一緒にたべました。
おかげで1週間分、思う存分いっぱい喋ることが出来ました。
最後に、足を引きずるわたしを家の裏まで送ってくれて、家の裏で1回ずつ短いハグとちゅーをしました。
「どうして怒らないの?こんなに優しいの?」
「〇ーちゃんが可哀想だったから」
子供扱いしないで欲しい。
母がわたしの母であるように、彼はわたしの彼なのでした。