男の子にビールを買う話。

 

 

今日わたしは7時出勤でした。

6時半過ぎにパジャマのTシャツのまま家を出ました。

社会に出てから早2ヶ月と半月が経ち、日々の仕事にも徐々に慣れてきました今日この頃。

今日は世間一般的には休日となる土曜日でしたが、わたしはいつもと同じサービス業務を全うしていました。

お昼休みが12時半から1時間半。

午前中のレッスンを1本終えて、達成感や開放感とともにお昼を買いに外に出ました。

朝からおにぎりを眠りながら握ってきたおかげで、ともかくお昼ご飯は持ち合わせていましたが、いつものように食後のデザートを買いに隣のスーパーに向かいました。

隣がスーパーなので、完食と散財が日々捗ります。

 

今日のデザートは杏仁豆腐。

お気に入りを手に持ってレジに並びました。

 

男の子の後ろでした。

背丈を見て、小学生低学年の子だと思いました。

真っ青のキャップを被って、首からジバニャンのビリビリタイプのお財布を提げ、綺麗な小さいサンダルを履いていました。

手にはプレミアムモルツ

よく見るカンの大きさよりものっぽで、500ml弱かと思われます。

冷やされたビールに水滴が付いていて、金色と紺色のパッケージがキラキラ光っていました。

 

レジの列が進み、男の子の番が来て、男の子は黙って冷たいビールを差し出しました。

レジのお姉さんは少し困って、でも強い口調で「ごめんなさい、未成年なので売れません。」と言いました。

 

『未成年』という言葉の意味を知っているのか知っていないのか、ともかく男の子は悟りました。

 

一言も発さずに、静かに、列を離れて、ビールを両手で握りしめて、その場から去ろうとしました。

父の日だから。

父の日だから、でしょう?

わたしは店員さんに言いました。

「わたしが買います!」

 

男の子を追いかけました。

ビールの陳列棚の真ん中でキッズケータイの液晶を見つめて立ち尽くす彼に、報われて欲しくて、その一心でした。

自分で計画してここまできたのか、それともお母さんに言われて来たのか、お母さんに何か用意しなさいと言われたあとお母さんに相談してお父さんが喜ぶビールの銘柄を覚えて来たのか。

 

男の子は男の子を囲む背の高いビールの棚の真ん中でお母さんに電話しようか迷っていました。

「わたしがなんとかしてあげる。大丈夫!」

手を引いてレジに戻りました。

彼は小走りで付いてきました。

何も言ってはきませんでした。

ただ嬉しそうなのはわかりました。

 

でもなんともなりませんでした。

わたしは無力でした。

店員さんはわたしにも言いました。

「申し訳ございませんが、お売りできません。」

お姉さんの隣におばさんが来ていました。

おばさんは申し訳なさそうに眉毛を下げました。

「わたしが買うのもだめですか?」

おばさんは「ごめんなさいねぇ。」と。

「どうしてもだめですか?」

「これ、わたしが飲みますから!」

ムキになってました。

なんとかしてあげたくて。

でもただおばさんの眉毛が下がるだけでした。

 

おじさんが加わり諦めないわたしを説得しました。

「本当に申し訳ございませんがお売りできません。」

 

いけると思ったのですが……わたしが買って、あとで彼のお小遣いと交換しようと思ったのですが……。

間接的に、お店が売る、この事実が、揺るぎないから……でしょうか。

わたしも、名前も知らない男の子も、がっかりでした。

わたしが希望を与えたばかりに、彼は余計にがっかりだったと思います。

 

彼はあのあと1人で家に帰るのでしょう。

来た道を帰るのでしょう。

何も持たずに。

 

別れた時の顔は見えませんでした。

見れませんでした。

 

わたしも杏仁豆腐を置いて、何も持たずにスーパーを出て、向かいのコンビニを見つけ、彼を誘おうかとも思いましたが、勇気はもう湧いてこないのでした。

 

おばさんは自分の行動の結果を予想して、もう少し慎ましく生きたいと思います。

 

 

彼の挑戦が今後に活かされることを心から願うばかりです。

そしてどうか、今日のことで、挑戦することに対して臆病にならないで欲しいと、心から願うばかりです。